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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)5424号 判決 1988年3月17日

原告

大部恒雄

ほか一名

被告

馬場尚也

主文

一  被告は、原告ら各自に対し、それぞれ一三九万三八一五円及び右各金員に対する昭和六一年六月一三日以降各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一六分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告ら各自に対し、それぞれ二二五七万一九三一円及び右各金員に対する昭和六一年六月一三日以降各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故(以下本件事故という。)の発生

(一) 日時 昭和六一年六月一三日午前四時一五分ころ

(二) 場所 大阪府泉佐野市長滝一二七六番地の五先道路上(以下本件現場という。)

(三) 態様 被害者大部光幸(以下被害者という。)が原動機付自転車(以下被害車両という。)を運転し西から東へ進行中、長滝第一住宅前交差点(以下本件交差点という。)に差しかかつた際、対面の信号が赤点滅信号であつたので、これにしたがい一旦停止した後発進し交差点に進入したところ、本件交差点に南から北へ進入してきた被告運転の普通貨物自動車(和泉四〇と五八七六、以下加害車両という。)と衝突した。

(四) 被害 被害者は頭を強打し、昭和六一年六月一三日午前五時三〇分死亡した。

2  責任原因

本件交差点の形状は変則的で、被告は一旦軽く左折した後直進することとなるところ、本件交差点は、交通整理の行われていない左右の見通しの悪い交差点であり、被告の対面信号は黄色の点滅信号であつたので、かような場合、自動車運転者としては、左方から進行してくる車両の進行を妨害しないよう注意し(道路交通法三六条一項一号)、予め左折の前からできる限り道路の左端に沿つて徐行し(同法三四条一項、四二条一項一号)、事故を未然に防止すべき業務上の注意義務を負うに拘らず、被告は、早朝のこととて交差点に進入する車はないものと軽信し、制限速度を超過する速度で道路右側寄りを進行し、かつ前方注視を怠つたため被害車両を発見するのが遅れ、本件事故を発生させたものである。

3  損害

(一) 被害者の損害

(1) 逸失利益 四三二二万五九六三円

被害者は、昭和五八年三月、高等学校を卒業し、昭和六一年四月より、訴外ミカミ電機株式会社(以下訴外会社という。)に勤務していた。本件事故当時、被害者は満二一歳であつたから就労可能年数を四六年(その新ホフマン係数二三・五三三七四七五四)、その年収額を二六二万三九五〇円、生活費控除割合を三〇パーセントとすると、逸失利益は頭書金額となる。

262万3950(円)×(1-0.3)×23.53374754=4322万5963(円)

(2) 慰謝料 一七〇〇万円

被害者は、遵法精神豊かな真面目な青年であり、勤務会社からも将来を嘱望されていた。本件事故により脳挫傷という瀕死の重傷を負い、一時間余の後に死亡し短い生涯を閉じた。その無念さは察するに余りある。

(二) 原告らの損害

(1) 葬儀費用 九〇万円

原告らは、右費用を各二分の一負担した。

(2) 弁護士費用 三〇〇万円

原告らは、右費用を各二分の一負担した。

4  権利の承継

原告らは被害者の父母であり、法定相続人として同人の権利を各二分の一承継した。

5  損害のてん補

原告らは、本件事故に関し、自動車損害賠償保険金として一八九八万二一〇〇円を受領した。

よつて、原告らは、民法七〇九条に基づき、被告に対し、本件事故による損害の賠償として、それぞれ二二五七万一九三一円及び右各金員に対する本件不法行為の日である昭和六一年六月一三日以降各完済まで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)(二)(四)はいずれも認め、(三)のうち被害車両が一旦停止したとの点は否認し、その余は認める。

2  同2は否認する。被告は、黄色の点滅信号にしたがい、安全確認のうえ本件交差点に進入したものであり無過失である。

3  同3は全て不知。なお、被害者の年収はせいぜい一八〇万円程度であり、被害者は男子単身者であるから、その生活費控除割合は五〇パーセントとすべきである。

4  同4は不知。

5  同5は認める。

三  抗弁

1  過失相殺

本件事故発生当時、本件交差点の信号は、被害車両の対面信号が赤色点滅の表示、加害車両の対面信号が黄色点滅の表示であつたところ、被害者は、本件交差点に進入するにあたり、一旦停止をせず、かつ、左右の安全を確認せず、おそくとも時速約三五キロメートルの速度で漫然と進入した。一方、被告は、本件交差点に進入するにあたり減速し、前照灯をパツシングさせて他車に注意を喚起し、左右道路の安全確認も一応なし、被害車両を発見するや直ちに急制動の処置をとつている。被害者の過失割合は七割を下らない。

2  損害のてん補

被告は、原告らに対し、原告らが前記請求原因5で自認するほかに一〇〇万円を本件事故による損害賠償金として支払つた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は否認する。すなわち、

(一) 本件現場付近の道路は、加害車両が進行してきた南北道路の幅員が七・二メートルないし五・九メートルであり、被害車両が進行してきた東西道路の幅員が八メートルであり、後者の方が広く、また、本件交差点内へは被害車両の方が先に進入し、同車が交差点を通過し終ろうとしたとき、加害車両が横から衝突してきたものである。そして、被告からみて被害車両は左方から進行してくる車両であり、被告は、左方車優先に反している。

(二) 被害者は、一旦停止をした後本件交差点に進入したものであり、本件での被害者の過失は右側の見通しの悪い交差点での安全確認義務の違反しかない。これに対し、被告は、前記請求原因2のとおり、徐行義務に違反している。

(三) さらに、被告が被害車両を発見した際に左にハンドルを切つていれば本件事故は避けられたかあるいは死亡事故にまで至つていなかつたものである。被告は脇見運転をしていて本件事故を発生させたものであり、その結果回避義務違反の程度は重大である。

2  抗弁2は認める。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、ここに引用する。

理由

一  本件事故の発生

被害車両が一旦停止したという点を除き請求原因1の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  責任原因及び過失割合

1  被告及び被害者の各過失の有無、程度を判断する前提となる事実について

いずれも昭和六一年九月六日撮影の本件現場付近の写真であると認められる検甲第一号証各証、いずれも成立に争いのない乙第一ないし第三号証及び被告本人尋問の結果によれば、本件事故発生状況について次のとおり認めることができる。

(一)  本件交差点は、別紙現場見取図(以下図という。)のとおり変則交差点である。加害車両は南北に走る道路を南から北に走行し、本件交差点をやや左斜めに南から北に横断して進行する予定であつた。右南北道路は、南行及び北行各一車線の道路であり、本件交差点から南側は幅員七・二メートル、北側は同五・九メートルである。本件事故当時、加害車両が本件交差点へ進入する際、その対面信号は黄色の点滅を表示していた。南北道路の制限速度は時速三〇キロメートルである。被害車両は東西に走る道路を本件交差点を通過して西から東に進行する予定であつた。右東西道路は、東行及び西行各一車線の幅員八メートルの道路である。本件事故当時、被害車両が本件交差点へ進入する際、その対面信号は赤色の点滅を表示していた。東西道路の制限速度は時速四〇キロメートルである(乙第一、第二号証では東西道路の制限速度ははつきりしないが、検甲第一号証の三によれば、本件交差点から東側の東西道路の制限速度は時速四〇キロメートルであると認められるので、本件交差点から西側の東西道路も同様であろうと推認される)。南北道路を本件交差点に向つて北進してくる車両の運転者にとつて左側、すなわち、東西道路の本件交差点から西側の道路の状況及び東西道路を本件交差点に向つて東進してくる車両の運転者にとつて右側及び左側、すなわち、南北道路の本件交差点から南側及び北側の道路の状況はともに見とおしが悪い。

(二)  被告は、加害車両を運転して南北道路を本件交差点に向つて時速約五〇キロメートルで北進走行中、本件現場の約四四・五メートル南の図<1>の地点で対面信号機が黄色の点滅を表示しているのを認め、減速するとともに前照灯でパツシングし、約二七・七メートル進行した図<2>の地点で東西道路の本件交差点から東側道路の方を見て進行し、時速約三五キロメートルで約八・九五メートル進行した本件交差点の直前の図<3>の地点で左側をみたところ左斜め前方約一二・九メートルの図<ア>の地点付近に加害車両の前照灯を認め急ブレーキをかけたけれども約八・一メートル進行し、本件交差点のほぼ中央である図<4>の地点で加害車両前部が被害車両右側部に衝突し、約二・七五メートル進行後停止した。(なお、被告が右のとおりパツシングしたことは、本件事故直後になされた実況見分の際にその旨を被告が警察官に述べ、当法廷でも同旨を述べているので、右供述は信用することができる。)

(三)  被害者は、被害車両を運転して、東西道路の東行車線の南側、すなわち、車線右側を走行し、加害車両とほぼ同様の速度で本件交差点に進入し右のとおり加害車両と衝突した。なお、本件証拠上、被害車両が本件交差点に進入する前に一時停止したと認むべき証拠はなく、また、本件現場には、被害車両のスリツプ痕は存在せず、さらに、被害車両は、その進行直線上で加害車両と衝突していて、本件事故を回避するためどちらかにハンドルを切つた形跡がない。このことからすると、被害者は、本件交差点に進入してくる加害車両に衝突するまで気づかなかつたか、あるいは、それに気づいたときにはブレーキやハンドルの操作をする余裕もなかつたものと推認するのが相当である。

2  原告ら及び被告は、被害者及び被告の各過失の内容、程度について、前記請求原因2、抗弁1、抗弁に対する認否1のとおりそれぞれ主張するので以下検討する。

(一)  道路交通法施行令二条一項によれば、その対面信号が黄色の燈火の点滅の場合、歩行者及び車両等は、他の交通に注意して進行することができるとされ、同赤色の燈火の点滅の場合、車両等は、停止位置において一時停止しなければならないとして、後者の場合の方がその注意義務が重いものとされている。

(二)  道路交通法四二条一号によれば、左右の見とおしがきかない交差点に入ろうとし、又は交差点内で左右の見とおしがきかない部分を通行しようとするときは、車両等は徐行しなければならないとされているので、前認定したとおり、本件の被告にとつては本件交差点に進入するに際し左の見とおしがきかず、被害者にとつては本件交差点に進入するに際し左右の見とおしがきかなかつたのであるから、被告及び被害者には道路交通法上、それぞれ、徐行義務が課せられていたものである。

(三)  ところで、原告らは、被害者が本件交差点に進入する前にその手前西側の停止線において一旦停止したことを前提として、一旦停止義務違反と単なる安全確認義務違反とでは過失の程度が著しく異なると主張するところ、被害車両が原告ら主張どおり一旦停止したものと認めるに足りる証拠がないことは前記したとおりであるけれども、仮に被害車両が原告ら主張どおり停止線手前で一旦停止したからといつて、その後本件交差点に進入するに際し、交差する南北の道路を進行してくる車両の運転者と比較して、その注意義務が特段に軽減されるものとは解されない。すなわち、停止線手前で停止して左右の確認をしようとしても、左右の道路状況がよく見とおせないのが一般的であつて、本件も、前掲証拠によれば、被害者が走行してきた東西道路の東行車線の本件交差点西側手前の停止線で一旦停止してもその左右の見とおしはきかないものと認められる。したがつて、東西道路を東進する車両の運転者としては停止線で一旦停止したうえ、左右道路の見とおしがきく地点まで進行し、左右の安全を確認した後本件交差点を通過しなければならない。そして、本件交差点の信号の表示は前記のとおりであるから、仮に東進車両が停止線手前で一旦停止していたとしても、東進車両及び北進車両の各運転者にとつて互いに見とおしの悪い前記した本件道路状況の下では、客観的な注意義務の程度としては、対面信号が赤色の点滅を表示する道路を進行する車両の運転者に要求される注意義務の程度の方が、対面信号が黄色の点滅を表示する道路を進行する車両の運転者に要求される注意義務の程度よりも重いというべきである。

(四)  原告らは、東西道路と南北道路の幅員の広狭及び被害車両が左方車にあたることを指摘するが、前記した信号表示がなされている本件では、それらの点は双方の過失の内容、程度を判断するうえで重要ではない。また、原告らは、被害車両の方が先に本件交差点に進入し、同車が本件交差点を通過し終ろうとしたときに加害車両に衝突されたものであると主張するが、前認定したとおり本件現場は本件交差点のほぼ中央というべきであるから、右主張は失当である。また、原告らは、抗弁に対する認否1(三)のとおり主張するけれども、同様のことは被害車両を運転していた被害者にもいうことができる。

(五)  ところで、前認定した本件事故発生状況によれば、被告には前方不注視及び徐行義務違反(制限速度を五キロメートル上回る時速三五キロメートルで進行)の過失が認められ、被害者にも前方不注視及び徐行義務違反の過失が認められる。そして、右(一)から(四)で検討したところに前認定した本件事故発生状況、ことに前記した信号の表示状況、加害車両が右のとおり制限速度を超えている点、被告は急ブレーキをかけたと認められるのに対し被害者がブレーキをかけた形跡が認められない点、被害車両が東行車線右側を走行していた点、被害車両が原動機付二輪自転車である点等を考え合わせれば、本件事故発生についての被害者の過失割合は少なくとも五割を下回ることはないと認めるのが相当である。

3  右のとおりであるから、被告は、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告らに生じた損害を賠償すべき義務がある。

三  損害

1  被害者の損害

(一)  逸失利益 三〇一一万九六〇五円

成立に争いのない甲第一号証及び原告大部恒雄本人尋問の結果によれば、被害者は昭和三九年七月一一日生れであり、本件事故発生当時二一歳の独身の男性であつて、高等学校卒業後訴外ミカミ電機株式会社に勤務していたことが認められる。ところで、右原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被害者は将来平均賃金程度の年収が得られたと認めても不合理ではないので、逸失利益の算定は賃金センサスに基づいて行うこととする。そうすると、昭和六一年度の賃金センサスによれば、同年度の二〇歳ないし二四歳の高等学校卒業の男子労働者の平均年収は二五五万九七〇〇円であると認められるところ、同人は本件事故がなければ六七歳まで四六年間就労が可能であり、同人の生活費は収入の五割と考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると頭書金額となる。

255万9700(円)×(1-0.5)×23.5337=3011万9605(円)

(二)  慰謝料 一四〇〇万円

本件事故の態様、被害者の年齢、親族関係その他諸般の事情を考え合わせると頭書金額とするのが相当である。

2  原告らの損害 各四五万円

弁論の全趣旨によれば、原告らは葬儀費用として各四五万円出捐したことが認められ、右程度の金員の出捐は本件事故と相当因果関係があると認められる。

四  権利の承継

前記甲第一号証によれば、請求原因4の事実が認められる。

五  過失相殺

前記二12で検討したところによれば、過失相殺として原告らの損害の五割を減ずるのが相当である。そうすると被告において賠償を要すべき原告らの損害は、前記損害合計四五〇一万九六〇五円から五割減額した二二五〇万九八〇二円(一円未満切捨)となる。

六  損害のてん補 △一九九八万二一〇〇円

請求原因5及び抗弁2の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。したがつて、被告において賠償を要すべき損害残額は二五二万七七〇二円となり、各原告につき一二六万三八五一円となる。

七  弁護士費用 各一三万円

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、頭書金額とするのが相当である。

八  結論

以上のとおりであるから、原告らの請求は、被告に対し、各一三九万三八五一円及び右各金員に対する本件不法行為の日である昭和六一年六月一三日以降各完済まで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれをいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐堅哲生)

別紙

<省略>

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